吾妻・嬬恋の紅葉 2012/11/3

吾妻渓谷入り口

鹿飛橋

見晴らし台

見晴らし台からの眺め
吾妻渓谷

 数年後、八ツ場ダム完成に伴いダムの底に沈んでしまう吾妻渓谷を群馬県人ながら始めての散策である。現地の駐車場が少ない事を予想して軽四輪で出発した。吾妻渓谷、国道144号線沿いに少々の駐車場、軽四輪スペースがあった!(予想ぴったり)。 徒歩で吾妻渓谷入り口を目指す。鹿飛橋を渡り、遊歩道へ・・・チョット軽装な支度では?・・。 
 吾妻川にかかる雁ガ沢橋から上流の八ッ場大橋まで約4kmの渓谷は、九州耶馬渓にちなんで、関東耶馬渓と呼称される。昭和10年に「名勝吾妻峡」として国の指定を受けた景勝地だ。渓谷の両岸には、カエデ、クヌギ、イヌシデ、リョウブ、サクラ類の落葉樹が多く、岩上にはツツジ類が群生している。

 


 

 


愛妻の丘

愛妻の丘

愛妻の丘

叫んで鐘を鳴らすのは?


愛妻の丘からの浅間山(手前バラキ湖)
嬬恋パノラマライン「愛妻の丘」

 農家の畑を借りて始まった小さな催しがキャベチューでした。男たちが真剣に愛を叫ぶ姿がだんだん評判になり、群馬県が叫びの丘に整備してくれました。そこを村の人たちが「愛妻の丘」と名付けました。いまではそこはドライブの名所です。村民が始めた催しが多くの人の心を動かして新名所になりました。小さな波が大きな波を作り出して現実になる。「愛妻の丘」はまるで奇跡のような出来事が生まれた場所です。

 嬬恋村誌によると、「明治22年(1889年)に発足した「嬬恋」の村名は、全くすなおに日本武尊(やまとたけるのみこと)が碓日坂(今の鳥居峠)におたちになって、なき妻弟橘姫(おとたちばなひめ)を追慕のあまり「あづまはや」とおなげきになって妻をいとしまれたという故事にちなんで名づけられた。と村勢要覧に掲げている。」とされています。平成16年11月に村名の由来から「妻というもっとも身近な赤の他人を大切にする人が増えると、世界はもう少し豊かで平和になるかもしれない。」という理想のもと、日本独自の伝統文化かもしれない愛妻家というライフスタイルを世界に広めていこうと「日本愛妻家協会」が発足され、お互いに連携しながら村づくりに取り組んでいると言う。

  
             愛妻の丘
  
            愛妻家テミル原則
 
 1、やってみる 妻が喜ぶ家事ひとつ
 2、だしてみる 気づいた時の感謝の言葉
 3、聞いてみる 世間話と今日の出来事
 4、捨ててみる ミエ、テレ、タテマエ、セケンテー
 5、なってみる 恋した頃の触れ合う気持ち



北ルート

北ルート

北ルート

北ルート
嬬恋パノラマライン
 
 群馬県道59号草津嬬恋線から、バラギ高原や干俣地区を経由し、嬬恋村北側の高原地帯を通る。 ほとんどすべての区間は山間地を縫っており、信号はまったくない。 北海道を彷彿させる景色なので、ツーリングの人気スポットとなっている。終点は国道144号線との交差点で十字路になっており、国道を挟んだ南側でつまごいパノラマライン南ルートに接続する。南ルートと併せると全長約35kmのロングドライブコースとなる。


  
              北ルート
  
              北ルート
   


国道145号線(長野原町)

国道145号線(長野原町)

国道145号線(長野原町)
  
          国道144号線(嬬恋村)
  
          国道144号線(嬬恋村)
  
          国道144号線(嬬恋村)

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